三鷹タウン

でんきちBRANCH調布 三鷹通り店【家電量販店でんきち】です。

三鷹市を歩いていると、「上連雀」「下連雀」「牟礼」「大沢」「井口」など、さまざまな地名を目にします。

普段は住所や駅名として何気なく使っているこれらの地名ですが、その一つひとつには、この街がどのように形づくられてきたのかという歴史が残されています。
今回は、そんな「三鷹の地名」に注目してみたいと思います。

中でも興味深いのが、現在も三鷹市の中心部に残る「上連雀」と「下連雀」という二つの地名です。
なぜ同じ「連雀」なのに、「上」と「下」に分かれているのでしょうか。その背景をたどると、江戸時代の三鷹へとつながっていきます。
 

・「連雀」はどこから来た名前?
「下連雀」の歴史をたどると、江戸時代の明暦の大火に行き着きます。
1657年に起きた明暦の大火によって、江戸の神田連雀町も大きな被害を受けました。
その後、被災した人々の移転先として武蔵野の土地が開発され、1658年には「連雀新田」と呼ばれる地域が成立しました。

現在の下連雀という地名は、この「連雀新田」に由来するものです。
つまり、現在の三鷹市下連雀という地名には、江戸で起きた大火と、その後の人々の移住、そして新しい土地の開発という歴史が刻まれています。
何気なく目にしている「連雀」という二文字から、江戸時代の出来事までたどることができるのです。
 

・では「上連雀」はなぜ「上」なのか
下連雀が開発された後、その西側の土地でも開発が進み、「連雀前新田」と呼ばれる地域が生まれました。これが現在の上連雀につながっています。

上連雀と下連雀は、もともと別々に生まれた土地でしたが、どちらも「連雀」という名前を受け継いでいます。そして、江戸時代の記録では、現在の上連雀にあたる地域が「連雀前新田」と呼ばれていたことが確認されています。その後、「上連雀」「下連雀」という名称が使われるようになりました。

「上」と「下」という言葉にも、当時の位置関係や地域の成立過程が関係しているとされており、地名だけを見ても、この地域が一度にできたのではなく、開発の進み方によって少しずつ形づくられていったことが分かります。
 

・地名から見えてくる、江戸時代の三鷹
現在の三鷹は住宅地や商業施設が広がる都市ですが、江戸時代には今とは大きく異なる景観が広がっていました。
三鷹市域では、古くから成立していた牟礼や大沢などの村に加え、江戸時代に新田開発によって新しい村々が次々と成立しています。
上連雀や下連雀も、そうした土地の開発の歴史と深く関係しています。

現在の住所を見ただけでは、そこがかつてどのような場所だったのかを想像するのは難しいかもしれません。
しかし、地名を手がかりにして歴史をたどってみると、現在の道路や住宅街の下に、かつての村や新田の姿が重なって見えてきます。
 

・「大沢」「井口」「牟礼」にも歴史がある
三鷹の地名は、上連雀・下連雀だけではありません。
例えば「井口」は、江戸時代に上連雀村の井口権三郎が開発したことから「井口新田」と呼ばれるようになったとされています。
また、「大沢」は三鷹市域に古くから存在した村の一つです。

「牟礼」も三鷹地域では古くから成立した村の一つとされており、その由来については諸説ありますが、現在も地名として残っています。
このように、それぞれの地名を調べてみると、土地の開発や人々の移住、村の成立など、異なる歴史が見えてきます。

三鷹という一つの街の中にも、地域ごとに異なる時間が積み重なっていることが分かります。
 

・「三鷹」という名前にも歴史がある
もちろん、「三鷹」という市の名前にも由来があります。
三鷹という名前が使われるようになったのは明治時代で、1889年の市制町村制施行にともない、上連雀・下連雀・井口新田・深大寺新田・大沢・野崎・新川・中仙川・北野・牟礼の10カ村が合併して「三鷹村」となりました。
「三鷹」という名前は、かつてこの地域が徳川家の鷹場であったことに関係するといわれています。

現在の三鷹市という名前も、こうした地域の歴史の積み重ねの中から生まれたものです。
 

・いつもの住所が、少し違って見えてくる
普段は「上連雀」「下連雀」と聞いても、それを歴史的な地名として意識することは少ないかもしれません。
しかし、その名前が生まれた背景を知ってから街を歩いてみると、いつもの景色も少し違って見えてきます。

駅まで歩く道、住宅街の交差点、何気なく見ている町名表示。
その一つひとつが、江戸時代の新田開発や人々の移住、村の成立といった長い歴史につながっています。
 

三鷹の街を知る方法は、有名な場所を訪れることだけではありません。
普段暮らしている場所の「名前」に目を向けてみることも、この街を深く知るきっかけになるのではないでしょうか。

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これまでこのブログでは、三鷹市に残る鉄道の記憶や国立天文台、大沢の里、山本有三記念館周辺など、さまざまな場所をご紹介してきました。
今回は少し時代をさかのぼり、三鷹に残る「古代の記憶」に目を向けてみたいと思います。

ご紹介するのは、大沢の里・自然観察路の中にある「出山横穴墓群8号墓」です。

三鷹というと、文学や鉄道、天文学など、比較的新しい時代の歴史を思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし、今の街並みができるはるか昔から、この土地には人々の暮らしがありました。
現在の三鷹を歩きながら、約1400年前の人々の存在を感じることができる場所。それが、出山横穴墓群8号墓です。
 

斜面に造られた「横穴墓」

出山横穴墓群は、丘陵の斜面を横方向に掘って、その中に遺体を埋葬した古代の墓です。
こうした横穴墓は、古墳時代の後半から終末期にかけて造られた墓の一つとされています。

出山横穴墓群ではこれまでに10基の横穴墓が確認されており、そのうち8号墓は、現在も現地で保存・公開されています。
8号墓は、入口部分に特徴的な石積み構造があることでも知られています。

普段「古墳」と聞いて思い浮かべるような大きな墳丘とは異なり、斜面に横穴を掘って造られているところが、横穴墓の特徴です。
実際の場所を見てみると、古代の人々がどのように墓を造ったのか、その構造を身近に感じることができます。
 

約1400年前の三鷹に暮らしていた人々

出山横穴墓群8号墓は、7世紀頃に造られたと考えられています。
今から約1400年前といえば、現在の三鷹駅も、住宅街も、もちろん今のような道路もありません。
では、その頃のこの地域にはどのような人々が暮らしていたのでしょうか。

出山横穴墓群からは人骨や須恵器などが確認されており、当時の墓制や人々の暮らしを知るための貴重な資料となっています。
特に8号墓では4体の人骨が確認されており、出土した須恵器からも、この横穴墓が7世紀頃のものであることが考えられています。
目の前にあるのは一つの古い墓ですが、そこからは、当時の人々の存在や埋葬の文化まで知ることができます。
 

三鷹に残る「古代の風景」

出山横穴墓群があるのは、大沢の里・自然観察路の中です。
現在は緑豊かな散策路として親しまれている場所ですが、その周辺には野川や国分寺崖線などの地形が残されています。

三鷹市内には、出山横穴墓群以外にも横穴墓が確認されており、野川周辺には古代の遺跡が点在しています。
つまり、この地域には現在の街並みができるよりもずっと前から、人々の暮らしの痕跡が残されているのです。

大沢の里を歩くと、どうしても現在の自然や水辺の風景に目が向きます。
しかし、その景色を少し違う角度から見てみると、そこには何百年、何千年という長い時間の積み重なりがあります。
 

現地で見ることができる8号墓

出山横穴墓群8号墓は、発掘調査後に保存整備され、現在は保存・公開施設として一般に公開されています。
施設は大沢の里・自然観察路内にあり、無料で見学することができます。

内部には、発掘調査によって明らかになった横穴墓の構造を見ることができるほか、当時の様子を知るための展示もあります。
説明を読んでから実際の横穴墓を見ると、単なる「古い遺跡」ではなく、ここで行われていた埋葬や、当時の人々の暮らしについて具体的に考えるきっかけになります。

大沢の里を散策する際には、自然だけでなく、こうした歴史の痕跡にも目を向けてみたい場所です。
 

アクセス

所在地:東京都三鷹市大沢二丁目1097番1(大沢の里・自然観察路内)
アクセス:JR三鷹駅南口からバスで「竜源寺」下車、徒歩約5分
公開時間:午前9時30分~午後4時
休館日:毎週火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
入場:無料
※公開日時や利用方法については、訪問前に三鷹市の公式情報をご確認ください。

三鷹の街を歩いていると、現在の景色だけを見てしまいがちです。
しかし、出山横穴墓群8号墓の前に立つと、この土地には約1400年前から人々の暮らしや文化が積み重なってきたことに気づかされます。

鉄道や文学、天文学だけではない、もっと古い三鷹の歴史。
大沢の里を訪れる機会があれば、豊かな自然や水辺の風景とあわせて、そこに静かに残されている「古代の三鷹」にも目を向けてみてはいかがでしょうか。

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三鷹市には、文学や芸術にゆかりのある場所が数多く残されています。その中でも、井の頭公園にほど近い場所に建つ「山本有三記念館」は、洋館の美しい佇まいと豊かな緑に囲まれた、三鷹を代表する文化スポットのひとつです。

今回は、記念館そのものだけではなく、その周辺に広がる街並みや自然にも目を向けながら、文学と武蔵野の風景が調和するこのエリアの魅力をご紹介します。

・静かな住宅街に佇む洋館
山本有三記念館は、大正時代に建てられた洋風建築を活用した施設です。
重厚感のある外観と手入れの行き届いた庭園は、住宅街の中にありながら特別な存在感を放っています。

建物を眺めていると、当時の文化人たちがこの武蔵野の自然を愛し、静かな環境の中で創作活動を行っていたことが自然と想像できます。
華やかな観光施設とは違い、ゆっくりと時間が流れる空気が、この場所には残されています。
 

・玉川上水がつくる心地よい散策路
記念館のすぐ近くには、玉川上水の遊歩道があります。
木々に囲まれた散策路は四季折々の表情を見せ、春の新緑、夏の木陰、秋の紅葉、冬の澄んだ空気と、一年を通して違った景色を楽しむことができます。

耳を澄ませば鳥のさえずりが聞こえ、木漏れ日の中を歩いていると、駅前の賑わいを忘れてしまうほど穏やかな時間が流れています。
文学作品の舞台になりそうな景色が、今も変わらず身近に残されていることは、三鷹ならではの魅力と言えるでしょう。
 

・文学の街・三鷹を感じる風景
三鷹市には山本有三をはじめ、多くの文学者や文化人が暮らし、この街から数々の作品が生まれてきました。
それは豊かな自然だけでなく、静かに考え事ができる環境や、人々が大切に守り続けてきた街並みがあったからかもしれません。

記念館周辺を歩いていると、派手な観光名所ではなくても、この街が長く文化を育んできた理由を少しだけ感じることができます。
歩く速度を少しだけゆっくりにすると、普段は気づかない風景が見えてくる。そんな散策を楽しめる場所です。
 

・建物だけではない、街全体が文化財
山本有三記念館の魅力は、館内の展示だけではありません。
洋館を囲む庭園、玉川上水の緑、落ち着いた住宅街、それらすべてが一つの風景となり、この場所ならではの空気をつくり出しています。

建物を見学した後は、ぜひ周辺もゆっくり歩いてみてください。歴史や文学、自然が一体となった景色を楽しむことで、記念館の印象もより深く心に残るはずです。
 

・アクセス
所在地:東京都三鷹市下連雀二丁目(山本有三記念館)
アクセス:JR三鷹駅南口から徒歩約12分
散策のコツ:記念館の見学とあわせて玉川上水沿いを歩くのがおすすめです。季節ごとに変わる自然の表情を楽しみながら、文学の街・三鷹らしい落ち着いた雰囲気を味わうことができます。
 

三鷹には、有名な観光スポットだけではない魅力が数多く残されています。山本有三記念館周辺は、歴史ある洋館、武蔵野の自然、そして文学の香りが静かに調和する場所です。
忙しい毎日だからこそ、少しだけ歩く速度を緩め、この街に流れる穏やかな時間を感じてみてはいかがでしょうか。

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このブログでも三鷹市の「大沢の里」をご紹介しました。
豊かな自然やのどかな風景が広がる場所として、訪れたことがある方もいるかもしれません。

しかし、大沢の里の魅力は自然が豊かというだけではありません。
ゆっくり歩いてみると、そこには武蔵野の原風景や昔ながらの農の営み、水とともに育まれてきた地域の歴史など、三鷹のもうひとつの顔が見えてきます。

今回は「大沢の里・再発見編」として、前回とは少し違う視点から、この場所の魅力をあらためて探してみたいと思います。
 

都市のすぐそばに残る、もうひとつの時間
大沢の里を訪れると、まず感じるのは街の喧騒から少し離れた穏やかな空気です。

周辺には住宅地が広がっていますが、一歩散策路へ入ると木々に囲まれた風景が続きます。
季節ごとに表情を変える自然と、どこか懐かしさを感じる景観は、まるで別の時間が流れているかのようです。

遠くへ出かけなくても、三鷹市内でこれほど豊かな自然に触れられることに驚く方も多いかもしれません。
 

今に伝わる農の風景
大沢の里の魅力のひとつが、武蔵野の農村風景を感じられることです。
周辺には畑や緑地が点在し、かつてこの地域で営まれていた暮らしの面影を今に伝えています。

都市化が進んだ現在でも、こうした風景が残されていることで、三鷹という街が歩んできた歴史を身近に感じることができます。
何気なく眺める景色の中にも、この土地で暮らしてきた人々の営みが静かに息づいています。
 

水が育んだ里の景観
大沢の里を語るうえで欠かせないのが、水辺の存在です。

周辺には湧水や流れがあり、武蔵野の自然環境を今に伝えています。
水のせせらぎを聞きながら歩いていると、駅前ではなかなか味わえない穏やかな時間が流れていきます。

春には新緑、夏には木陰、秋には紅葉、冬には澄んだ空気と、それぞれの季節ごとの魅力を楽しめるのも大沢の里ならではです。
 

歩くことで見えてくる三鷹のもうひとつの顔
三鷹と聞くと、駅周辺の商業施設や文化施設を思い浮かべる方も多いでしょう。
しかし大沢の里を歩いてみると、この街には自然と歴史が大切に守られてきた一面があることに気づかされます。

有名な観光地のような派手さはありません。だからこそ、ゆっくり歩きながら風景そのものを楽しむことができます。
日常のすぐそばにありながら、少し遠くへ来たような気分を味わえる。それが大沢の里の魅力なのかもしれません。
 

アクセス
所在地:東京都三鷹市大沢周辺
アクセス:JR三鷹駅・武蔵境駅からバス利用
散策のコツ:周辺には自然散策路が整備されているため、歩きやすい靴で訪れるのがおすすめです。季節ごとの風景の変化を楽しみながら、ゆっくり散策してみてください。
 

以前ご紹介したときは、自然豊かな散策スポットとしての大沢の里に注目しました。
そして今回あらためて歩いてみると、この場所には武蔵野の歴史や農の文化、水辺の風景など、三鷹という街の成り立ちを感じさせる魅力が数多く残されていることに気づかされます。
同じ場所でも、季節や視点が変われば見えてくる景色も変わります。

有名な観光スポットを巡るだけでは出会えない、三鷹の原風景。ぜひ“再発見編”の気持ちで、大沢の里をゆっくり歩いてみてはいかがでしょうか。

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以前、三鷹市にある「国立天文台」を、天文学を研究する施設としてご紹介しました。
大きな望遠鏡や観望会、4D2Uドームシアターなど、“宇宙を楽しむ場所”として印象に残っている方もいるかもしれません。

今回は、そんな国立天文台を“再発見編”として、少し違う視点から見つめ直してみたいと思います。
実際に足を運んでみると、そこに広がっているのは最先端の研究施設というだけではありません。
武蔵野の面影を感じる静かな森のような敷地、歴史ある観測施設、そして日本の「時間」を支えてきた記憶。

国立天文台 三鷹キャンパスは、宇宙を見上げる場所であると同時に、三鷹という街の中に息づく“時間と科学の風景”でもあるのです。
 

住宅街の先に現れる、もうひとつの世界
三鷹駅周辺のにぎわいから少し離れ、大沢エリアへ向かうと、緑に包まれた広大な敷地が姿を現します。住宅地の延長線上にありながら、一歩足を踏み入れると空気が少し変わる——そんな感覚になる場所です。

高い建物が並ぶわけでもなく、派手なアトラクションがあるわけでもありません。
それでも、静かな並木道や広い空、ゆったりと配置された研究施設を歩いていると、日常から少しだけ切り離されたような不思議な時間が流れます。

“宇宙”という遠い存在を研究する場所が、三鷹の穏やかな街並みの中に自然に溶け込んでいる。
そのギャップこそが、この場所ならではの魅力です。
 

時を見つめてきた、歴史ある建築群
敷地内には、「第一赤道儀室」や「大赤道儀室」など、歴史を感じさせる観測施設が点在しています。丸いドーム型の屋根やクラシカルな外観は、最先端科学という言葉だけでは表現しきれない、どこか重厚で静かな存在感を放っています。

これらの建物の多くは国の登録有形文化財にも登録されており、日本の天文学研究を支えてきた貴重な遺産でもあります。

最新技術が集まる研究施設でありながら、同時に近代建築としての美しさも味わえる。
ここでは、科学と歴史が同じ風景の中に共存しています。
 

「星」だけではなく、「時間」を支えてきた場所
国立天文台の役割は、天体観測だけではありません。
暦や時刻、つまり私たちの暮らしの基準となる“時間”とも深く関わってきました。

普段何気なく見ている時計やカレンダー。
その正確さの背景には、天文学や観測技術の積み重ねがあります。

壮大な宇宙を研究する場所でありながら、実は私たちの日常のリズムにもつながっている——。
そう考えると、国立天文台は“遠い宇宙”だけでなく、“足元の生活”も支えてきた場所として、また違った見え方がしてきます。
 

昼の散策だからこそ感じられる静けさ
国立天文台というと、夜の星空や観望イベントをイメージしがちですが、実は昼間の散策にも独特の魅力があります。

木々に囲まれた敷地には、季節ごとの自然があり、春や秋には特に心地よい空気が漂います。
研究施設ならではの静けさと、武蔵野らしい緑の風景が重なり合い、観光地とは少し違う“知的な散歩道”のような時間を楽しめます。

華やかさよりも、静かに広がる奥行き。
三鷹という街の中に、こんなにもゆったり宇宙へ思いを巡らせる場所があることに、あらためて気づかされます。
 

アクセス
所在地:東京都三鷹市大沢2-21-1
アクセス:JR三鷹駅・武蔵境駅からバス利用
見学:屋外見学は自由(一部イベントは事前申込制)
散策のコツ:建物をめぐるだけでなく、並木道や赤道儀ドーム周辺をゆっくり歩くことで、“研究施設”としてだけではない、三鷹に流れる静かな時間を感じやすくなります。
 

以前ご紹介した“宇宙を学ぶ場所”としての国立天文台。
そして今回あらためて見えてきた、“街の中で時間と歴史を感じる場所”としての国立天文台。

同じ場所でも、視点を変えるだけでこんなにも表情が変わる。
有名スポットとして訪れるだけでは少しもったいない、三鷹の奥深さを感じられる場所として、ぜひ“再発見編”の気持ちで歩いてみてはいかがでしょうか。

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今回は、三鷹市に残る「鉄道にまつわる記憶の風景」を紹介したいと思います。

三鷹のシンボルとして親しまれた「三鷹跨線橋」は、老朽化などの事情からその姿を消しました。
けれども、役目を終えた鉄道施設の痕跡や、当時をしのばせる風景は今も街のあちこちに残され、過去と現在をつなぐ静かな手がかりになっています。

鉄道遺構とは、かつての線路や橋、設備などが役目を終えたあとも、その土地の歴史や記憶を伝える存在として残る構造物のこと。
三鷹では、そんな消えたものの記憶が、街歩きの中でそっと立ち現れます。
 

橋の記憶を伝える「メモリアルスポット」
三鷹跨線橋の跡地周辺には、かつてこの街の景色を支えていた橋の記憶をたどれる、記念的なスペースが整えられています。
今は橋そのものは姿を消しましたが、周辺には往時をしのばせる部材や階段跡の一部が残されており、かつてここに橋が架かっていたことを静かに伝えています。

派手な見せ方ではなく、あくまで気配として記憶を残しているのがこの場所の魅力です。
足を止めて眺めると、かつての利用者たちが行き交った光景や、橋の上から見下ろした線路の風景まで、少しずつ想像がふくらんできます。
失われた構造物でありながら、今もなお街の歴史を語りかけてくるような、静かな余韻のある場所です。
 

フェンス越しの巨大要塞「三鷹車両センター」
跡地周辺から線路沿いを歩くと、中央線や総武線の車両が整然と並ぶ三鷹車両センターの姿が見えてきます。
広い敷地の中に電車がずらりと並ぶ光景は、まるで鉄道のための巨大な要塞のようで、思わず足を止めたくなる迫力があります。

かつては跨線橋の上から見下ろしていた鉄道施設を、今はフェンス越しに横から眺める形になりますが、そのぶん現役の鉄道拠点としての存在感がより身近に伝わってきます。
夕方には車両に灯りがともり、整備の時間や出番を待つ電車の静かな気配まで感じられるのも、この場所ならではの魅力です。
三鷹が鉄道の街として歩んできたことを、改めて実感できる風景です。
 

昭和へ潜る「三鷹駅前地下歩道」の異空間
三鷹駅の南北をつなぐルートとして、あえて地上ではなく地下を通るのが、この場所の楽しみ方のひとつ。
駅東側にあるこの地下歩道は、改札を出た現代の空気からふっと切り離されるような、不思議な感覚を与えてくれます。

一歩足を踏み入れると、タイル張りの壁や少しひんやりとした空気、そして壁面に並ぶ古い街の写真が目に入ります。
派手な演出があるわけではないのに、どこか時間がゆっくり巻き戻るような雰囲気があり、昭和の面影を探しながら歩きたくなる場所です。

通り抜けるだけの地下道なのに、見方を変えると、三鷹の街の記憶をそっとのぞける小さな入り口のようにも感じられます。
日常の動線の中に、静かで少し懐かしい空気が混じるのが、この歩道のいちばんの魅力です。
 

アクセス
所在地: 東京都三鷹市上連雀2丁目(跨線橋跡地周辺)
アクセス: JR三鷹駅南口から線路沿いの道を武蔵境方面へ徒歩約10分。
散策のコツ: 「太宰治文学サロン」で当時の写真を見てから訪れると、目の前の風景に消えた橋の面影が重なり、より深い散策を楽しめます。
 

三鷹の街から巨大な赤い橋は見えなくなりましたが、その記憶は「鉄道遺構」や「メモリアルスポット」という新しい形へアップデートされました。
太宰治が愛した風景は、今もなお三鷹の静かな空気の中に溶け込んでいます。有名な観光スポットを巡るだけでは見えてこない、三鷹の奥深い歴史を肌で感じに、ぜひこの隠れた「記憶の跡地」を歩いてみてください。

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今回は、三鷹市にある 「神田川遊歩道」について紹介したいと思います。

井の頭池の源流から続く。神田川沿いの「せせらぎ散歩」
三鷹台駅のすぐ目の前を流れる神田川。ここは井の頭公園の「お茶の水」から流れ出したばかりの、清らかな水流を楽しめる贅沢なエリアです。

川沿いには遊歩道が整備されており、春には桜、初夏にはアジサイ、秋には紅葉と、四季折々の表情を見せてくれます。川面に遊びに来るカワセミやシサギなどの野鳥を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごせるのが最大の魅力です。
 

隠れ家カフェとこだわりのベーカリー。散策の合間の楽しみ
三鷹台駅周辺には、大規模な商業施設こそありませんが、住宅街の中にひっそりと佇む実力派のショップが点在しています。

神田川を眺めながら一息つけるテラス席のあるカフェや、地元客が列を作る天然酵母のパン屋など、「わざわざ立ち寄りたくなる」小さなお店探しも散策の醍醐味。
テイクアウトして、川沿いのベンチでピクニック気分を味わうのもおすすめです。
 

水辺の生態系を身近に。都市の中の「小さな自然観察」
この付近の神田川は水深が浅く、水底の砂利や泳ぐ小魚の姿をはっきりと見ることができます。
コンクリートに固められすぎていない護岸には自生の植物が多く、初夏には運が良ければホタルが見られる場所も。

都会の真ん中にありながら、子どもたちが自然の生態系に触れられる貴重なスポットとして、地域の人々に大切に守られています。
 

三鷹台エリアへのアクセス
三鷹台駅は、三鷹市内で唯一「京王井の頭線」が通る、落ち着いた雰囲気の玄関口です。

所在地: 東京都三鷹市井の頭2丁目(京王井の頭線「三鷹台駅」周辺)
アクセス:
・京王井の頭線「三鷹台駅」下車すぐ。
・吉祥寺駅から各駅停車で約3分、久我山駅から約2分。
・井の頭公園(黒門付近)から神田川沿いを下流方向へ徒歩約15〜20分。
 

井の頭公園の少し先、三鷹台の神田川沿いには穏やかな時間が流れています。せせらぎに耳を澄ませて、あなただけの「お気に入り」を探しに出かけてみませんか?

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今回は、三鷹市にある 「龍源寺」について紹介したいと思います。

三鷹市龍源寺は、新選組局長・近藤勇の墓がひっそり眠る場所として、幕末ファンなら絶対訪れたい隠れた歴史スポットです。
ジブリや井の頭公園の喧騒から離れた武蔵野の静かな森に佇むこの寺で、勇の忠義と波乱の人生をじっくり偲んでみませんか。
 

龍源寺と近藤勇の深い縁
龍源寺は三鷹市上連雀にある曹洞宗の寺院で、近藤勇が戊辰戦争後に葬られた場所として知られています。近藤勇は新選組局長として池田屋事件などで活躍しましたが、板橋で処刑された後、ここに改葬されました。

墓は本堂近くの静かな一角にあり、新選組ゆかりの地として、歴史愛好家がひっそりと訪れる名所です。周囲の武蔵野の森に囲まれ、訪れる者をタイムスリップしたような気分にさせます。
 

墓参りの魅力と見どころ
墓石には近藤勇の名が刻まれ、隣に土方歳三らの名も並ぶ新選組関連の墓域があります。寺庭の苔むした石段や、勇の生涯を振り返る石碑が点在し、写真映えも抜群です。

季節ごとの風情も格別です。春は桜が墓域を優しく包み、まるで勇の魂を慰めるよう。夏は新緑の木漏れ日が差し込み、涼やかな散策にぴったりです。秋の紅葉は墓石に映えて絵画的で、冬の雪景色は厳かな雰囲気を増幅。写真好きなら、四季折々の構図を探すのも楽しいはずです。
 

アクセス
JR中央線「三鷹駅」南口から徒歩20分
京王井の頭線「井の頭公園駅」から徒歩15分
(拝観無料、9~16時目安。周辺駐車場あり)
 

周辺で深める新選組散歩
龍源寺一箇所で満足せず、周辺を組み合わせた「新選組三鷹巡り」がおすすめです。
すぐ近くに「近藤勇生家跡」(三鷹市立近藤勇展示館)があり、徒歩10分圏内。展示館では勇の使用した剣のレプリカや新選組の日誌、時代背景のパネルが充実し、墓参りの予習・復習に最適です。

入館無料で所要30~60分、勇の幼少期の農村生活から新選組入隊までを詳しく学べます。
展示室のジオラマで当時の三鷹の街並みを再現しており、臨場感たっぷりです。

龍源寺は「知る人ぞ知る」スポットです。あなたもこの静かな聖地で、近藤勇の忠義に思いを馳せてみませんか。

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今回は、三鷹市にある 「仙川平和公園」について紹介したいと思います。

三鷹市立仙川平和公園は、平和を象徴するモニュメントが点在する静かな都市公園です。
戦災の記憶と、未来への祈りを今に伝える場所でありながら、観光地化されていない「穴場スポット」として、地元の人々に親しまれています。

仙川を挟んだ約11,000平方メートルの敷地には、豊かな樹木と桜並木が広がり、のんびりとした散策に最適な環境が整っています。
 

公園の歴史と概要
仙川平和公園は、1989年に三鷹市市制施行100周年記念事業の一環として整備されました。
当初は「仙川公園」として親しまれていましたが、戦後75年の節目を機に現在の名称へと改められ、平和をテーマとした公園であることがより明確になっています。

アクセスは、JR三鷹駅から小田急バスで「南新川」停留所下車すぐ。
杏林大学病院の近くに位置し、住宅地に溶け込むように存在しています。
 

平和モニュメントのハイライト
園内には、戦争の記憶と平和への願いを象徴するモニュメントが点在しています。

  • ・平和の像
     彫刻家・北村西望氏による長崎平和祈念像を原型としたレプリカで、市民2万2,100人以上の寄付に
     よって建立されました。三鷹市と長崎市の平和への想いをつなぐ象徴的な存在です。
  • ・被爆樹木(アオギリ2世)
     2016年、広島市から寄贈された被爆樹木。戦後70年記念植樹式では広島市長も出席し、焼け跡
     から 再生した命の強さと希望を伝えています。
  • ・アンネのバラと平和の桜
     アンネ・フランクにゆかりのあるバラや、ヨハン・ガルトゥング平和フォーラムを記念して植え
     られた 桜が、公園に静かな祈りの空間を生み出しています。

 

仙川とともにある、静かな緑の空間
公園名の通り、園内には仙川が流れています。
川沿いには遊歩道が整備され、季節ごとに表情を変える草木を眺めながら、ゆったりと散策を楽しむことができます。

春は新緑、夏は木陰の涼しさ、秋は落ち葉、冬は澄んだ空気と静寂。
派手な演出はありませんが、自然の移ろいを身近に感じられるのが、この公園ならではの魅力です。
 
桜と記憶が共存する、三鷹らしい公園
仙川平和公園は、仙川沿いの桜の名所としても知られています。
春は花見、夏は川風が心地よい避暑地のような空気に包まれ、四季を通して表情を変えます。

園内には戦災樹木の焼け跡が残る一方で、緑豊かな景観が広がり、訪れる人の心を静かに癒してくれます。
家族連れはもちろん、歴史や平和に関心のある方にもおすすめの場所です。

周辺の新川エリアとあわせて、文学や歴史を感じる散策コースとして巡ってみるのも良いかもしれません。

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今回は、三鷹の特産物のひとつ 「うど」について紹介したいと思います。

三鷹市は、井の頭公園やジブリ美術館などで知られる街ですが、意外にも都市農業が盛んな地域です。
その代表的な特産物のひとつが 「うど」。春の訪れを告げる香り豊かな山菜として、三鷹市内の農家で大切に栽培されています。
都会のすぐそばで、旬の味覚と自然の恵みを感じられるスポットとして注目されています。

うどとは?春を告げる香り高い山菜
うどはセリ科の多年草で、春になると白く太い茎と鮮やかな緑の葉をのぞかせます。独特のほろ苦さとさわやかな香りが特徴で、天ぷらやきんぴら、酢味噌和えなど、様々な料理で春の味覚を楽しむことができます。
三鷹では、茎を白く柔らかく育てるために、土を盛る「土寄せ栽培」という伝統的な方法が行われています。
この手間ひまかけた栽培法によって、香りと食感が絶妙な三鷹産のうどが誕生します。都会にいながら、まるで里山の春を味わうかのような体験ができるのです。

三鷹のうど畑
三鷹は住宅街や学校、商業施設が広がる都市ですが、その一方で農地も残っています。春になると、うどの畑では白い茎と緑の葉が風に揺れ、淡い香りが街に漂います。
普段は都会の喧騒に囲まれた生活でも、少し足を伸ばせば手で触れられる自然がここにあるのです。

地元の農家は、毎日の水やりや土寄せを欠かさず、収穫期には新鮮なうどを直売所や市場に届けます。都市に暮らす私たちにとって、採れたての春の恵みを手に入れられる貴重な機会となっています。

三鷹産うどの食べ方
三鷹のうどは、茎の太い部分も葉も余すことなく料理に使えます。茎は天ぷらや炒め物に、葉や皮は味噌汁や酢味噌和えにすると、ほろ苦さと香りが際立ちます。また、新鮮なうどをさっと茹でるだけで、甘みや香りが引き立つのも魅力です。

春の食卓に一品加えるだけで、季節を感じる特別なひと皿に。三鷹産うどは、地元の料理店でも人気で、地域の食文化を支える存在となっています。

地元農家と交流する楽しみ
三鷹の農家では、直売所やイベントでうどを販売するだけでなく、都市住民向けの収穫体験を行うこともあります。
子どもから大人まで、手で触れ、土に親しむことで、都市生活では得にくい「自然とのつながり」を感じることができます。春の休日に、家族や友人と訪れるのもおすすめです。

三鷹の「うど」は、都市農業の象徴とも言える特産物です。
住宅街のすぐ近くで育てられる香り豊かな春の山菜は、地域の味覚文化を今に伝えています。
三鷹を訪れた際には、旬のうどとともに、都市と自然が共存する三鷹の魅力をぜひ体感してみてください。